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高杉晋作「おもしろきこともなき世をおもしろく」の意味|辞世の真相と萩の旅

高杉晋作の「おもしろきこともなき世をおもしろく」は何を意味するのか。辞世の句に残る史料上の疑問、奇兵隊を率いた人物像、萩でその生き…

「おもしろき こともなき世を おもしろく」。

高杉晋作のこの言葉が、私は好きだ。

世の中が面白くないなら、自分で面白くしてみればいい。そう聞こえるからだ。でも、調べるほどに、単なる「前向きに生きよう」という言葉ではない気がしてきた。幕末の息苦しい時代に、実際に世の仕組みを変えようとした人が残した歌なのだから。

この記事では、言葉の意味、高杉晋作という人物、辞世にまつわる史料の話をたどり、最後に彼の故郷・山口県萩市を歩く旅を提案したい。

「おもしろきこともなき世をおもしろく」の意味とは?

おもしろき こともなき世を おもしろく

今の言葉にすれば、「面白いことばかりではない世の中を、それでも面白く生きたい」という意味に受け取れる。

よく続けて紹介されるのが、次の下の句だ。

すみなすものは 心なりけり

合わせれば、「その世をどう生きるかは、心の持ちようによる」という解釈ができる。ただし、下の句は高杉本人ではなく、歌人・野村望東尼(のむら もとに)が続けたと伝えられる。一首全部を無条件に「高杉晋作が書いた言葉」とするのは正確ではない。

なお、上の句は「こともなき世を」だけでなく、「こともなき世に」とも伝わっている。表記の違いがあることも、この言葉の面白いところだ。

高杉晋作は何をした人? わずか27年余りの人生

高杉晋作(たかすぎ しんさく)は1839年、長州藩の城下町・萩に生まれた幕末の志士。1867年に亡くなった。満年齢では27歳、当時の数え年では29歳の生涯だった。

藩校・明倫館で学び、吉田松陰の松下村塾にも通った。ここで久坂玄瑞らと切磋琢磨する。1862年には上海を視察し、外国勢力の進出を目の当たりにした。この体験は、彼の危機感を強めたとされる。

1863年、晋作は下関で奇兵隊を結成する。藩士という身分だけを基準にせず、志のある人々を広く集める、新しい発想の軍事組織だった。

その後も外国艦隊との講和、藩内の政治路線を変えるための挙兵、幕府軍との戦いに関わった。しかし、明治という新時代を見る前に病に倒れる。

ここで忘れたくないのは、晋作が最初から理想的な「自由人」だったわけではないこと。攘夷運動や武力闘争にも関わった人物であり、行動のすべてを現代の感覚で肯定することはできない。それでも、当たり前とされた枠組みを疑い、現実の行動に移した点には、今も考える価値がある。

実は「死ぬ直前に詠んだ言葉」とは言い切れない

この歌には、よく知られた物語がある。病床の高杉が上の句を書き、そばにいた野村望東尼が下の句を添えた――というものだ。そのため「高杉晋作の辞世の句」として広まっている。

しかし、横浜市中央図書館の調査事例が紹介する歴史研究によると、上の句は慶応2年(1866年)の歌稿『丙寅未定稿五十首国家十首』にすでに収められていたとされる。少なくとも、亡くなる瞬間に初めて作った歌と断定はできない。

「世を」「世に」という表記の違いもあり、作歌の場面や細部について、語り継がれてきた逸話と確かめられる史料を分けて読む必要がある。

私は、むしろこの事実に惹かれた。最後の一瞬だけの名台詞ではなく、人生の終盤に、何度も考えていたかもしれない言葉として読むと、受け取り方が変わる。これは私の想像であって、晋作本人の心境を証明できるわけではない。それでも、その余白まで含めて考えたい歌だ。

私がこの言葉を好きな理由。「心の持ちよう」だけで終わらせたくない

この歌を「世の中がつまらなくても、自分の気の持ちようで何とかなる」と読むことはできる。ただ、それだけでは少し物足りない。

現実には、心を入れ替えただけでは変えられない状況もある。病気、貧困、不公平な制度。苦しい人に「面白がればいい」と言うのは、時に残酷だ。

だから私は、上の句の「おもしろく」を気分を変えることと、世界に働きかけることの両方として読みたい。

たとえば、いつもの休日を違う道から歩いてみる。知らない土地へ出かけてみる。気になったことを自分で調べ、誰かに話してみる。小さなことなら、自分にもできる。

高杉晋作はそれよりはるかに大きな賭けをした人だった。だからといって、彼をまねて無茶をする必要はない。「面白いことが起きるのを待つ」だけでなく、自分から面白くなる余地を探してみる。それが私の、この歌との付き合い方だ。

ASOBIONが大事にしたい「人生をちょっと面白くする」という発想にも、どこか通じている。

萩で感じる高杉晋作。生まれた町を歩く半日〜1日旅

高杉晋作を知るなら、史跡の名前を集めるより「どんな少年が、どんな学びを経て、あの言葉を残す人になったのか」を追いながら歩いてみたい。

私はそんな旅を紹介したい。観光名所を急いで制覇するのではなく、彼が生きた町の距離感を確かめるコースだ。

所要時間の目安:5〜6時間(昼食・移動込み)。城下町のスポットは徒歩で巡りやすいが、松下村塾へは車または循環バスなどでの移動を想定。

09:30|金毘羅社 円政寺――あの晋作も、怖がりな子どもだった?

大きな朱色の天狗面がある寺。幼い晋作は、物おじしないようにこの面を見せられたという話が残る。大胆な志士の「完成形」ではなく、少年時代から旅を始めよう。

円政寺の公式サイト

 

10:10|高杉晋作誕生地――一人の少年がいた家

城下町の静かな一角。産湯に使われたと伝わる井戸などが残る。入館できる範囲には限りがあり、不定休のため事前確認を。ここで生まれた少年が歴史上の人物になるとは、誰が想像しただろう。

誕生地の見学案内

 

10:40|高杉晋作立志像――20歳頃の顔で未来を想像する

誕生地のすぐ近くにある、若い晋作をイメージした銅像。晩年の名言を知ってから見ると、「この人はまだ、これからの出来事を知らない」という不思議な距離感が生まれる。

立志像の案内

 

11:10|萩博物館・高杉晋作資料室――言葉より、まず本人の痕跡を

高杉家ゆかりの史料を収蔵し、産着から最晩年の書までを紹介する資料室。逸話を読むだけでなく、本人に近い資料を見ることができるのが大きな魅力。展示品は入れ替わるため、お目当ての資料がある場合は事前に確認を。

萩博物館の公式サイト

 

12:20|城下町で昼食・ひと休み

歩いた景色を振り返る時間も旅の一部。せっかくなら城下町の古い建物を生かしたカフェなどで、急がず一息つきたい。デザートに「萩ぷりん亭」も人気です。

少し離れてもよければ「割烹千代」「道の駅萩しまーと」もおすすめです。

 

13:30|萩・明倫学舎――学ぶ場所は、人を変えるのか

晋作が通った藩校・明倫館の跡地に建つ旧明倫小学校の校舎を活用した施設。現在の建物そのものが晋作の教室だったわけではない。この場所に受け継がれる「学び」の時間を感じたい。

萩・明倫学舎の公式サイト

 

14:45|松下村塾・松陰神社――「面白くする」原点を考える

吉田松陰から学び、久坂玄瑞らと競い合った場所。松下村塾は世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産でもある。小さな学び舎の前に立つと、時代を動かす人も最初は誰かの話を聞く学生だったのだと実感できるかもしれない。

松下村塾の見学案内

※各施設の開館日・料金・交通機関は変更されることがあります。旅の直前に公式情報をご確認ください。

なお、奇兵隊の結成地や高杉晋作の墓があるのは、萩ではなく下関。もっと深く追いかけたいなら、次は下関の東行庵などを訪れる旅へつなげたい。

歴史を歩いたあとは、萩の温泉でひと休み

実は、萩は温泉地でもあることをご存じでしょうか?

萩には「萩温泉郷」があり、城下町や海辺で温泉を楽しめる宿が点在しています。

高杉晋作の足跡をたどったあとは、温泉に浸かりながら旅の余韻を楽しむ。そんな一泊二日の萩旅もおすすめです。

関連記事:萩は実は温泉地。萩温泉郷で泊まりたいおすすめ宿5選 

『銀魂』が好きなら、萩の歴史はもっと面白い

漫画・アニメ『銀魂』に登場する高杉晋助と「鬼兵隊」は、高杉晋作と「奇兵隊」を思わせる名前だ。吉田松陽や桂小太郎といった登場人物にも、幕末史を連想させる接点がある。

もちろん『銀魂』は、天人(宇宙人)がいる架空の江戸を舞台にした作品。史実をそのまま再現した物語ではない。けれど、作品で人物同士のつながりに興味を持ってから萩を歩くと、松下村塾も城下町も違って見えそうだ。

実際に萩市では2026年10月1日〜12月31日、TVアニメ『銀魂』との公式コラボ「銀魂暦 ~たまには昔を振り返ってみるのも吉~」が企画された。期間限定のイベント情報と、いつでも訪ねられる史跡は分けて楽しみたい。

『銀魂暦』公式企画サイト(2026年の開催記録・詳細)

よくある疑問

「おもしろきこともなき世をおもしろく」は誰の言葉?

上の句は高杉晋作の歌として伝わる。下の句「すみなすものは心なりけり」は野村望東尼が添えたとする伝承が知られている。一首全体を高杉だけの作品と断定しない方が正確だ。

この歌は本当に辞世の句なの?

辞世の句として広く知られる一方、死の前年の歌稿にすでに収録されていたとする研究がある。「亡くなる瞬間に初めて作った」とまでは言い切れない。

高杉晋作のお墓は萩にある?

高杉晋作本人の墓は下関市の東行庵にある。下関市の公式観光案内によれば、遺髪とへその緒は萩にも埋葬された。故郷を知る旅は萩、最期の足跡をたどる旅は下関、と分けて考えると巡りやすい。

旅の終わりに。「面白い世の中」は、誰かが用意してくれるのか

もし高杉晋作が現代に生きていたら、何を面白がり、何に怒っただろう。答えはわからないし、本人になり代わって語るつもりもない。

ただ、一つ思う。「面白くない」と感じる世の中を、そのまま眺めて終わる必要はない。別の見方を探す。小さく動いてみる。ときには仕組みそのものを疑う。

萩の城下町を歩きながら、そんなことを考えてみたい。

旅に出かけるだけでも、昨日と同じ世界が少し違って見えるかもしれない。

執筆:R.

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