家を買うか、借りるか。人生で何千万円も動きかねない判断なのに、「周りが買っているから」「家賃がもったいないから」で決めてしまうのは、少し怖い。
反対に、相場を知り、古民家という選択肢まで調べ、将来のリスクを想像してから動く人には、まだ買わないことさえ有利な一手になる。決断を急がず、情報と選択肢を増やす。その小さな差が、10年、20年後の自由を左右するかもしれない。
たとえば、こんな作戦はどうだろう。「いまは賃貸を続けながら、空き家バンクを見て、休日に気になる町を歩く。条件に合う一軒が出たら建物と総費用を調べる。条件が悪ければ見送る」。家探しは、今すぐ購入するためだけにするものではない。
安い家を手に入れることがゴールではない。自分の暮らしを良くしながら、後戻りできる余地を残すこと。この視点を持つと、物件情報サイトの見え方が変わってくる。
誰かが住み継いできた古い家を、これからの自分たちの暮らしに合わせて使う。そんな「古民家・空き家」という選択肢だ。
瀬戸内のまちには、海を望む坂道の家、路地に面した町家、畑のある平屋が残っている。もちろん、古ければ素敵というわけではない。安く買えたとしても、直すのに予想以上のお金がかかることもある。それでも、最初から候補から外すのは、少しもったいない気がする。
この記事は、物件のおすすめランキングではない。「そもそも空き家はどこで探すの?」という人が、今日から動くための案内図にしてみたい。
まず知っておきたい。空き家は不動産サイトだけにあるわけではない
一般の中古住宅と空き家は、重なる部分も多い。一方で、古い家には「相続したが使い道が決まらない」「家財が残っている」「近所に気を遣う」「改修費が読めない」といった事情がある。
そのため、売却希望はあっても物件広告になる前の家や、地域の人が持ち主と相談しながら次の使い手を探す家もある。反対に、公開されているからといって、必ず購入できる状態とは限らない。
つまり、探す先は大きく「物件情報」と「そのまちの人・相談窓口」の二本立てにしたい。
瀬戸内で空き家・古民家を探す7つの入口
1.全国版「空き家バンク」で相場と選択肢を知る
最初の30分は、LIFULL HOME’S 空き家バンクとアットホーム 空き家バンクを見比べてみよう。国土交通省が整備を支援した全国版のサービスで、市町村が集めた情報を地域をまたいで探せる。
「瀬戸内」「平屋」「農地付き」「賃貸可」などの条件から始めると、自分が惹かれる家の傾向が見えてくる。ただし、すべての自治体・物件が掲載されているわけではない。これだけで検索を終えないのがコツだ。
2.県・市町村の空き家バンクを直接見る
気になる地域が見つかったら、次は自治体のサイトへ。例えば、岡山県には「住まいる岡山」の空き家バンク物件特集、香川県には「かがわ住まいネット」、広島県には県内の情報を案内する移住支援サイトがある。
検索するときは「〇〇市 空き家バンク」だけでなく、「〇〇市 移住相談」「〇〇市 空き家 改修 補助金」もセットにしたい。岡山市の空き家情報バンクのように、市単位の入口を持つ地域もある。
補助金は、市町村・年度・居住要件によって大きく違う。岡山市の購入補助制度には契約前の申請条件があり、瀬戸内市の改修補助にも工事前の相談が必要だ。「買ってから調べる」では間に合わない制度がある。
3.地域で空き家をつなぐ団体に相談する
今回とくに紹介したいのが、物件を売ることだけを目的にしない、地域の活動だ。
香川県東かがわ市の引田には、「引田町家マッチングプロジェクト(マチマチ)」がある。古い町並みを残すため、所有者と、移住や活用を考える人をつなぎ、見学会やDIYなどにも取り組んでいる。家の譲渡だけでなく、その家をどう使い、地域とどう関わっていくかまで考える活動だ。
広島県尾道市では、NPO法人尾道空き家再生プロジェクトが、市と連携して坂の町の空き家バンクに関わっている。愛媛県松山市の三津浜地区には、市が紹介する「三津浜町家バンク」と三津ハマルがある。
こうした団体が見せてくれるのは、家の写真や価格だけではない。「この町で暮らすって、実際どんな感じ?」という情報だ。もちろん、活動目的や紹介の仕組みは団体ごとに違うので、住宅探しに対応しているかは事前に確かめよう。
4.移住相談窓口で「物件以外の条件」も聞く
移住相談というと遠方から引っ越す人専用に思えるけれど、住まいと仕事、保育、交通、地域との付き合い方を一緒に考える手がかりにもなる。広島県の移住相談や各市町の移住・定住担当に、希望条件を伝えてみよう。
質問は「安い家はありませんか?」だけで終わらせない。「通勤・通学圏」「畑の有無」「車がなくても暮らせるか」「地域の見学会があるか」まで聞くほうが、具体的な情報に近づきやすい。
5.地元の不動産会社にも希望を残す
空き家バンクと通常の中古物件は、どちらか一方を選ぶものではない。地域の中古住宅に詳しい不動産会社にも、「古い建物を直して住みたい」「庭で野菜を育てたい」「予算は改修費込み」と伝えておこう。
地域の団体が所有者と利用希望者をつなぐ場合でも、契約・登記・境界・法令の確認まで任せられるとは限らない。必要に応じて、宅地建物取引業者、建築士、司法書士など専門家の力を借りたい。
6.見学会、まち歩き、DIYイベントに参加する
古民家は、写真より実物がおもしろい。梁や建具に惹かれることもあれば、湿気、階段の急さ、窓の寒さに気づくこともある。
地域の空き家案内会やDIY体験は、家の状態を知るだけでなく、そこで暮らす人と会える機会だ。近隣住民への配慮や所有者の意向を大切にしながら、主催者の案内に従って参加したい。空き家に見える建物でも、無断で敷地に入ったり所有者を探し回ったりしないこと。
7.買う前に「お試し」で暮らしてみる
古い家が好きでも、古い家で暮らすのが好きとは限らない。そこで有効なのが短期滞在。例えば岡山県倉敷市は、下津井にある「せとうち古民家お試し住宅」を案内している。
旅行で訪れたときの町と、平日に買い物へ行き、仕事をし、雨の日に過ごす町は違う。可能なら朝・夜、平日・休日を見て、交通、通信回線、病院、学校まで現実の生活として確かめたい。
森永卓郎さんの「畑のある暮らし」は、空想ではない
経済アナリストの森永卓郎さんは、生前、都会でも過疎地でもない「トカイナカ」での暮らしや、家庭菜園による「自産自消」を提案していた。実際に100㎡の畑を借りて土づくりから始め、その後、約200㎡で野菜づくりに取り組んだ経験を語っている。30坪(約100㎡)ほどでも家族が食べる野菜をかなり作れる、というのは森永さん自身の実感だ。
これを聞いて、私はまったく浮世離れした話だとは思わない。仕事をすべて手放さず、通信環境を確保し、土地の一部で季節の野菜を育てる。都会の便利さと、暮らしを自分でつくる楽しさは、必ずしも二者択一ではないからだ。
ただし、「野菜を育てられる」と「食料・電気・水・収入を自給できる」は別の話。100㎡の畑で穀物や油、必要な栄養まですべてまかなえるわけではないし、初期の土づくり、虫害、猛暑、水やりの負担もある。24㎡ほどの太陽光パネルを想定する場合も、発電量は設備の仕様・方位・影・天候で変わり、夜間や停電時に使える電力は蓄電池などの構成次第だ。数字だけで「ほぼ完全自給」とは判断しないようにしたい。
それに「畑付き」で売られる土地が農地なら、家と同じように自由に買えるとは限らない。国土交通省の『農地付き空き家』の手引きを読み、農業委員会に権利取得の手続きを確かめよう。初心者なら、まず小さな菜園や市民農園から試す道もある。
金利が上がる時代。買うか借りるかは「勝ち負け」ではない
2026年10月時点、日本銀行の政策金利は1.25%。今後の金利は予測どおりに動くとは限らず、変動金利で借りる場合は返済額が増える可能性も見ておきたい。
経済学者の髙橋洋一さんは、2025年の著書抜粋で、もともと土地などの資産を持っていない人には賃貸が合理的だという見解を述べている。土地価格が必ず上がるわけではなく、住宅購入には値下がりや借入れのリスクがある、という指摘だ。
私はこの注意喚起には学ぶところがあると思う。一方で、「だから誰も家を買うべきではない」とも思わない。住みたい場所の家賃、購入価格、修繕費、借入れの条件、いつまで住むか、売れる見込み――答えはそれらの組み合わせで変わる。
比較するなら「毎月の家賃」と「住宅ローンの毎月返済」だけでは足りない。所有する場合は固定資産税・保険・修繕・将来の解体費や売却費、賃貸なら更新・引っ越し・老後の家賃も含めて考えたい。古民家は特に「物件価格+改修総額+予備費」で予算を見るのが基本だ。
そして20代・30代なら、今の理想だけでなく、子どもが小さい時期、進学や独立後、車を運転しなくなる時期を想像してみる。買った家でも、将来住み替える選択肢はある。ただ、売りづらい土地に大きな借入れを抱えれば、動きにくくなる。
賃貸の老後にも、入居審査や家賃負担への備えは必要だ。ただし、高齢になれば一律に借りられなくなるわけではない。2025年10月には改正住宅セーフティネット法が施行され、居住支援・居住サポート住宅などの制度も整備されている。大家さん側の心配にも制度で対応し、借りる人の選択肢を広げる方向だ。
「格安の古民家」で、先に調べたいこと
気になる一軒を見つけたら、内見の興奮が冷める前に、次の点を確認しよう。
- 建物:雨漏り、屋根、床下、シロアリ、傾き、断熱、給排水。特に古い建物は耐震診断や建物状況調査(インスペクション)を専門家に相談。
- 土地と権利:登記名義、相続、境界、接道、再建築の可否、農地の有無。売買契約の前に確認する。
- 暮らし:病院、学校、スーパー、夜道、駐車場、インターネットの実測速度。働き方や家族構成に合うか。
- 地域:ごみ出し、自治会活動、近所との距離感。誰かの評判より、何度か足を運んで自分の目で確かめる。
- 災害:重ねるハザードマップと自治体の情報で洪水・土砂災害・津波・高潮を確認。地図に色がない場所も安全保証ではない。
- お金:建築士や施工会社に改修の優先順位と概算を聞く。補助金は対象者・予算・申請時期まで確認する。
たとえ建物の売値が数十万円でも、危険な屋根や水回りの更新が必要なら総額は大きく変わる。「安く手に入る」と「安く暮らせる」は同じではない。
今日からできる、空き家探しの小さな計画
- 今夜:全国版空き家バンクと県の空き家サイトで、好きな家を5件保存。価格だけでなく、周辺環境と「なぜ惹かれたか」をメモする。
- 今週:地域を2〜3か所に絞り、市町村の空き家・移住窓口を調べる。「改修費込み予算」「畑の希望」「通勤圏」を短くまとめて問い合わせる。
- 今月:空き家見学会か地域のまち歩きに参加。昼間だけでなく夕方の雰囲気も見て、できればお試し滞在を計画する。
- 購入前:建物・登記・災害・資金計画の専門家確認を済ませ、条件が揃わないときは見送る勇気も持つ。
問い合わせるときは、こんな短い文章で十分だ。「瀬戸内エリアで古民家を住まいとして活用できないか検討しています。改修費を含めて予算を考えており、まず地域の暮らしや空き家見学の機会を知りたいです」。
「もしこうなったら?」を、契約する前に決めておく
気に入った物件を見つけると、人はどうしても「そこに住めたら」の未来を想像する。そこで一度、逆の質問をしてみたい。予定どおりにいかなかった場合、どう動くか。
これは悲観的になるためではない。最悪のケースにも一応の作戦があれば、むしろ安心して挑戦できるからだ。
① 数年以内に転勤・転職・家族構成の変化がありそうなら?
→ すぐに購入せず、賃貸を続けながら候補地を調べる。買うなら「貸せる・売れる・住み続けられる」のうち、少なくとも現実的な出口があるか確認する。物件が安くても、移動の自由を失うなら割高かもしれない。
② 理想の古民家が格安で見つかった。でも改修費が不明なら?
→ 価格だけでは決めない。建築士や施工会社に確認し、「購入価格+諸費用+必須改修費+予備費」で比べる。直せない問題や、予算を超える不確実性が残るなら見送る。買わずに済ませた損失も、立派な成果だ。
③ 住宅ローンの金利がさらに上がったら?
→ 契約前に、金利が今より1%、2%高い場合の返済も試算する。あくまでストレステストであり、上昇予測ではない。変動金利なら金利見直しと返済額の仕組みを確認し、固定金利との総費用を比べる。生活費や教育費を削らないと払えないなら、借入額か物件価格を下げる。
④ 夫婦のどちらかが働けない時期が来たら?
→ 毎月の支払いを、収入が減ったケースでも計算する。出産・育児、病気、転職は珍しい例外ではない。手元の生活防衛資金と修繕費の積立てを残せるかを確認し、無理なら購入時期をずらす。家を持ったせいで暮らしの選択肢が消えるのは避けたい。
⑤ 子どもが独立したり、車を運転しなくなったりしたら?
→ 「いま便利」だけでなく「将来も住めるか」を見る。階段、病院までの距離、買い物、公共交通、断熱・冷暖房、住み替えや売却の難しさ。庭や畑の管理が負担になったときの委託費や縮小案も想像しておく。老後は賃貸という選択でも、家賃・入居支援・地域の支援制度を早めに調べておく。
⑥ 近隣との相性が合わなかったら?
→ 昼と夜、平日と休日に訪れ、地域の決まりや暮らし方を先に知る。近隣の人を一度の印象やうわさで決めつけない。ただし、騒音・通行・ごみ出しなど具体的な生活上の懸念は事実として確認する。短期滞在できるならさらによい。解決が難しそうなら、別の物件を探す。
⑦ 災害リスクや農地の手続きで条件が合わなかったら?
→ 惚れ込んだ物件でも、無理に理由をつくらない。ハザードマップ、避難経路、建物の安全性、保険、農地取得の許可を確認し、生活と予算に収まらなければ候補から外す。景色の良さは、被害リスクや法的な条件を打ち消してくれない。
⑧ 何年探しても、条件の良い物件に出会えなかったら?
→ 期限を決めて条件を見直す。古民家だけにこだわらず、築浅中古、新築、賃貸、空き家の賃借・改修も比較する。情報収集は大切だが、待つ間の家賃と時間もコスト。決めないことが、いつも得とは限らない。
「買って得した」より、「失敗しにくい選び方を知っている」
考え方を整理すると、住まい探しは次の順番がよさそうだ。
- 生活の条件を決める:通勤・通学、家族の予定、地域、予算、譲れないことを整理する。
- 相場と選択肢を増やす:新築・中古・賃貸に加え、古民家、空き家バンク、地域の見学会も調べる。
- 失敗した場合を計算する:金利上昇、収入減、修繕、災害、住み替えをそれぞれ想定する。
- 条件が揃ったら決める:買う、借りる、待つ。どれでも納得して選べたなら成功に近づく。
たとえば、知識がなければ手を出さなかった物件が、調べた結果「改修費まで入れても希望の暮らしを実現できる」と分かることもある。逆に、魅力的に見えた格安物件を、買う前に見送れることもある。選択肢を知っている人の強みは、「買えること」ではなく「買わない選択までできること」だ。
周りの誰かより賢いと証明する必要はない。ただ、大きな出費を勢いで決めず、未来の自分が困らないように先回りできたなら、それは少し誇っていい判断だと思う。
家を選ぶことは、どんな毎日を選ぶかということ
新築には新築の安心がある。中古住宅には立地や価格の魅力がある。賃貸には、人生の変化に合わせて動きやすい強さがある。そして古民家には、時間を受け継ぎ、自分たちの手で少しずつ暮らしをつくる面白さがある。
どれが一番得かより、どんな一日を送りたいか。そのために、何を引き受けられるか。その問いから始めたい。
瀬戸内のどこかで、まだ物件サイトに載っていない一軒と、思いがけない出会いが待っているかもしれない。まずは地図を開き、気になる町へ行ってみよう。
執筆:R.
調査メモ(2026年10月確認):空き家情報・補助金・金利は更新されます。参考:国土交通省「全国版空き家・空き地バンク」、同「建物状況調査」、日本銀行・金融政策決定、髙橋洋一氏の著書抜粋、森永卓郎氏の自産自消についての談話。森永氏が挙げる菜園面積は本人の実践上の見解であり、一般家庭の食料自給を保証するものではありません。







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